2008年09月07日

雨このところ、毎日のように夕立ちが
これは二百十日かな?
下記二百十日の由来をひも解いてみました。。


九月 二百十日
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小倉 肇 (1985年09月号)

十日過ぎ二百二十日の萩の花 (蜃桜)
  立春から数え二百十日目は農家にとって最厄日とされてきた。季節の変り目にともなう気象条件が暴風雨をもたらすことが多い時期にあたっているからである。
  二百十日から、十日過ぎの二百二十日も南太平洋より台風の来襲することが多く、十日とならび二十日厄日と呼ばれ警戒されてきた。
  伊賀の農村地帯では、夏の農閑期に大峯山に参上し、豊年を祈念する習わしがあった。山上詣でがすむと、シャクナゲの葉を買い求め、下山すると、その葉を竹竿の先にくくりつけ、田んぼのすみに立てた。風よけに霊験あらたかとされていたからである。
  伊賀のみならず、この日を風と結びつけ伝統事と伝えている地方が多い。風祭りもそのひとつである。新潟県の弥彦神仕の風祭は、その最も著名な例である。
  今年の二百十日は九月一日である。農家にとって、この厄日を無事に過ごしてはじめて、本格的に実りの秋の季節をむかえることになるのである。


岡田芳朗(文化女子大学教授・暦の会会長) によると・・・

二百十日は、今でも雑節となっているが、そんなに古くから暦に記載されていたわけではなく、江戸時代初期の明暦二年(1656)に、伊勢暦に初めて登場した。貞亨改暦(1684)に際して、幕府天文方に就任した渋川春海は二百十日が、漁民たちの長年にわたる経験によるものであることを知り、初夏を知らせる八十八夜とともに、有意義な暦注として採用した。
これにより、二百十日は全国の暦に記載され、日本人の知恵として、活用されるようになった。


日本人の知恵は、他にもたくさんありそうです。
探していきます。

やまとなでしこ記

posted by 大和撫子 at 19:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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